さあ、いよいよ、滑る時が来ました。
宿からバスでスキー場まで行き、ロープウエイで上がり、上の斜面で集合です。皆さん、見るからに、慣れてなさそう。上手そうな人はおりません。皆あのイギリス人ですものね。

申し遅れましたが、このツアー、スキーレッスン付きです。で、皆さん一応レッスンを受けます。クラス分けがあります。3クラスです。
1、スキーを初めて履く人
2、初心者
3、上級者

極めてラフな分け方です。
私は、3のクラス、先生が自己紹介します。
「ジョージです。」
?ちょっと待ってください。イギリス人じゃないでしょ。昼食時に私は聞いてしまいました。
「Where are you from?」
「Austria」
直ぐ、その後に付け足します。「私は、ドイツ語読みではゲオルグ、英語読みではジョージです。」ああ、そういうこと。「ジョージ」っていう感じじゃないですもの。「ゲオルグ」の方が合ってますよ。そのいかつい風貌。でも、英語では「ジョージ」ですから。時々感じるんです。こういう違和感。

それは、日本では、外国の名前、地名を翻訳するとき、当該現地の言語の読みをそのままを使うことが多いからです。例はたくさんあります。英語でパリス、仏語でパリ 英語でチャールス、仏語でシャルル。ビジネスなどの場面では、英語で表現する機会の方が圧倒的に多いのですが、日本人はどうも、人名、地名に関しては現地語読みに慣れているのです。そこで、うっかり、英語のコミュニケーションで現地の言い方を使うと、通じないことがあります。会話の当事者が現地の方であれば、問題ありません。通じるし、むしろ、この方が、現地の人には喜ばれます。問題は、現地の方が会話の当事者ではない場合、現地の言葉を理解していない人が相手の場合です。

英語圏でない国の地名、人名は、英語でどう呼んでいるのか。大事な用で面会するときなどでは、かならず、確認しておく必要があるでしょう。

前置きが長くなりました。さて、レッスンです。ん?ちょっと違います。日本と違います。一列になんか並びません。皆てんでばらばらにたむろしています。先生、そこで皆さんを集めて、こう言うだけです。「私の後についてきてください。」要はトレースです。生徒の間で適宜順番を変えて、先生の後についていきます。滑りながら言います。「体重をもっと前にかけて」それしか言いません。
日本のように、整列して、お話聞いて、順番に滑って、コメントもらって、というような手順は一切ありません。それが、彼の語学力の足りなさ故なのか、確たる指導法なのかはよくわかりませんでした。聞きそびれました。

実は、私、北海道でスキーレッスンを受けるようになって、ちょっとびっくりしていることがあります。生徒の皆さん、皆いい歳をした大人ですが、何も言われなくても、いつも一列に並ぶのです。日本にスキーをもたらしたレルヒさんが、軍人だったからという訳ではないと思うのですが、雪の上に線が書いてあるかのごとく、きちっと並びます。私はと言えば、しばしば、その線と関係のないところにいたり、皆とは向きが逆であったりで、位置の修正を余儀なくされます。これは何故なのでしょう。北海道では学校教育としてスキーが行われているので、その際の躾、ルールのようなものなのでしょうか。皆さん、並ぶのが当たり前、疑問をお持ちではないようです。もっとも、一列に並ぶというのは、省スペースであるのは間違いありません。混んでいるゲレンデでは必須のルールかもしれません。

時間的順序は逆転していますが、このオーストリアのレッスンではその辺、誠に自由闊達でした。このクラス、当初10人位いました。以前第3話で「日本では富士山で滑っているのか。」と聞かれたのはこの時です。しかし、日毎に生徒の数が減っていきます。皆さん段々バテテくるからです。その欠席する生徒さん達、先生に欠席の通知などしません。皆無断欠席です。それでも先生は怒るふうでもなく、いらいらする風でもなく、今日は少ないですね、という感じで「Follow me!」の繰り返しです。私も疲れてきました。でも、なんとか頑張っています。序序にですが、うまくなるのです。体の使い方など、後ろにつくと良くわかります。習うより、慣れろといった感じです。

最終日を迎えます。とうとう私一人になりました。一対一です。コースが変わります。他の山にも向かいます。スピードも出てきます。そうこうしている内に山頂近くにきました。たまたま、晴れていました。ものすごい風景です。周囲360度、見渡す限り山です。三角の黒い突起がぐるりと我々を取り囲んでいます。日本ではとてもお目にかかれません。ああ、ここは、アルプスのど真ん中なんだ。実感しました。残念なことは、その時、カメラを持ち合わせていなかったことです。しかし、あの風景は忘れられません。一生の思い出です。

最終日、レッスンの終わりの頃に、ゲオルグ先生、知り合い目がけて滑っていきます。彼が先、私が後です。先に着いた先生、その知り合いとなにやらお話しています。単語が断片的に聞こえてきます。「グート」どうも私のスキー技術をまあまあいいじゃないかと言っているようです。この時ぐらいでしょうか。第3外国語でドイツ語選択していてちょっぴり役に立ってうれしいなと思いましたのは。

レッスンも終わり、帰路につきます。それなりに満足でした。腕も少し上がったし、いい景色も見ることができました。

今回の旅行、スキーレッスンとして印象的だったのは、ゲオルグ先生を含め、レッスンの先生方皆さん共通して持っていた雰囲気です。それは、威厳、誇り、自信のようなものが混ぜ合わさったようなものなのです。言葉を変えて言えば、ここは、スキーの発祥の地、世界のスキーの中心、我々が世界のスキーを支えているんだというような、強い強い存在感です。
考えてみれば、スキーの競技、大きく分けて、「アルペン」と「ノルデイック」です。この「アルペン」というのは、英語「アルプス」と同義語のドイツ語です。ヨーロッパの地名のアルプスが、競技の名前になってしまっているわけです。日本、北海道で例えれば、さしずめ、大雪山系の「大雪」が競技名になっているようなものでしょう。こう考えてみればわかりますが、この「アルペン」の命名というのは、すごいことなのです。何気なく使ってしまっていますが、一地方名が、競技の名称になってしまっているのですから。
もっとも、冬のオリンピックをみているとわかりますが、アルペン種目で旗が揚がるのは、北半球、それこそ、ヨーロッパアルプス地方の国とアメリカ、カナダ位です。アジアでは、日本を筆頭に最近中国の選手が出てきたかなというところでしょう。言葉を変えていうと、世界でスキーの適地は、それだけ少ないということです。たまたま、皆、いわゆる先進国ですから、あまり意識しませんが、世界の国の数から言ったら、圧倒的に少数派です。第2話でも触れましたが、北海道や日本の他の豪雪地帯の気候の希少性というものは、こういった点からも、理解していただけると思います。


その後、10年近くたち、準指導員の資格も取得し、あの時よりも、格段に足前が上がった今、機会を見つけて、いつかは、アルプスを再び、できればゲオルグさんと一緒に、滑りたいとものだと考えております。

オーストリアチロルでのスキー (下)